荒唐無稽小説 テニス観戦でサトリを得た男のハナシ



テニス観戦でサトリを得た男のハナシ 壱の巻


月刊エンライトメントジャーナルのベテラン記者、達磨来一郎はアシスタント兼カメラマンの壺永千代とともに、テニス観戦で悟りを得たという男にインタビューのため彼の住まいを訪れていた。

テニスの試合を観ていただけで悟りを得る・・!
このウソのような前代未聞の出来事に日本の瞑想探求シーンは揺れていた。
特に伝統を重んじる一派を中心に批判続出、「とんだお笑いぐさだ!そんなバカなことがあるわけがない!」「サトリを何と心得るのだ!とんでもない大口叩きの詐欺師に違いない!」「オレなんか何十年もめいそ〜してるけど、未だに何が何だか状態なんだぞ〜、それがなんだって、テニス観てただけでサトッた〜!?んああ!」などという意見が大勢を占めていた・・。

誰かが光明を得た、サトリを得たと宣言するたびにそれはウソに決まっていると大騒ぎするアタマの硬い探求者たち、自分の商売を邪魔されるのではと危惧する一部のスピリチュアルビジネスの主宰者たちの悪口雑言、いつもながらの光景にホトホト辟易している達磨来一郎であったが、このテニスの試合を観ているだけで光明を得たという“痔恩魔賢(じょんまけん)老師”と名乗る男には半信半疑の思いがありながらも興味を持っていた。

来一郎は、幼い時からインドを旅する探求者である叔父の影響で、瞑想やヨガに興味を持ち、また、エンライトメントジャーナル社の経営者が遠縁ということもあってその記者となっていた。
その一方、学生時代にはテニス部に所属し、テニスの神と言われるロジャーフェデラーの大ファンでもあった。
そのようなこともあって、今回の“テニス観戦で悟りを得た”という、なんとも奇妙な、ワケのわからない男に大いに興味をそそられているのであった・・。

古いが、立派な造りの家だ。地方の旧家といった佇まいではあるが、東京のこの辺りの風景にあまり違和感を覚えないのは、不思議な想いをすら抱く。

「こんにちは〜!月刊エンライトメントジャーナルから来ました、達磨と申します、痔恩魔賢老師さまはいらっしゃいますか?」

黒い屋根と扉のついている門をくぐり、玄関から声をかけると、中からきれいに剃髪された頭をピカピカさせながら弟子らしき男が出てきた。

「はい〜、お待ちしておりました。師は先程から所用で出かけておりますが、直ぐに戻る予定です。どうぞ、お入りになってお待ち下さい。」と言うと彼はニコニコと微笑みながら先を歩く。廊下の右側には、それほど大きくはないが枯山水の庭が見える。左の障子を開け、十畳ほどの和室に来一郎達は案内された。

「師は直ぐに戻ると思います、すいませんがしばらくお待ち下さい。」とお茶を出しながら言うと、ピカピカ頭は部屋から出て行った。

「なんだ、約束したのに留守なんか・・」と来一郎は独り言のように壺永千代に話しかけるのだが、彼女は黙々とカメラのセッティングをしたり、録音の機材のチェックを始めていた。

壺永千代は、沈黙のアシスタントとして社内で通っていた。根っからの瞑想オタクであり、必要なこと以外は殆ど口にしないのだ。

来一郎は出されたお茶をすすりながら部屋を見回していた。
ごく普通の和室である。40インチ位のテレビが一台上座に置かれている。その上方に神棚があった。一般家庭で見かけるような普通の神棚とは少し違うような感じがしたので、立ち上がって見てみると思わず息を呑んだ・・

そこにはなんと・・!錦織圭の写真がご神体として祀られているのだ!
錦織・・そう、あの今をときめくテニスプレイヤーの錦織圭だ!
ジャンプしてフォアハンドを打っている・・そう、Air Kei の瞬間を捉えた写真だ!そして、その脇にはウィルソンの錦織モデルのラケットが飾られている。
「ふむふむ、錦織圭が神か・・!熱狂的なファンというだけでは、神棚に祀るなんてことはないだろう・・余程の“何か”があったんだろうな・・。」少し驚いた様子で独り言を呟く来一郎だった。

変わった男の所に来ているという自覚は勿論あるつもりだったが、錦織君のご神体・・!!
元テニス部の来一郎は、テニスファンでもあり、当然のことだが錦織圭の活躍、特に今シーズンの飛躍には、驚きと共に喜んでいる一人でもあった。

「しかし、それが何故サトリに導く要因となるのか・・う〜む・・!」
何が何だか・・本当に理解を超えている・・!
彼は増々、痔恩魔賢という男への興味が湧いてくるのであった。

壺永千代は、来一郎が驚いて声を上げている側でもワレ関せずという体で、機材のチェックも終え、眼を閉じながらお茶を飲んでいる。

しばらくすると、表の方でぶいんぶい〜んと自動車の音がやってきて、この家の前で止まったようだ。
玄関のあたりで、「お帰りなさいませ〜」というピカピカ頭の弟子らしき声がした。

暫くすると、和室の障子がスーっと開いて、ひとりの男が入ってきた。
「どもども、お待たせしちゃって申し訳ねでがす。アチキが痔恩魔賢でありんすどす。」
江戸弁と花魁(おいらん)言葉、それから幇間(タイコ持ち)や落語家、あと、京都の舞妓さんみたいな言い回しが混じった様な変な挨拶をすると、彼は我々の目の前に座った。
中肉中背、無精でのばしているのかファッションなのかよく判らない半端な長髪・・少し前、秋葉原界隈でよく見かけた所謂“オタク”のような風体である。

「これが、今、スピリチュアル界を騒がしている痔恩魔賢老師なのか?!多くの光明を得たマスター達が持つ威厳や貫禄・・それらのカケラも見当たらないこの男が・・!?」来一郎は心の中で呟いた。

〜 弐の巻につづく 〜







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